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人の一生 誕生から名付け(披露)・初誕生日

誕生

今は病院で出産することが多いですが、昔は初めに授かった子は親元で出産するのが一般的でした。大正の始め頃までは「とりあげ婆さん」、その後は産婆さんが活躍していました。後産(胎盤)の処理は夫の責任で後始末をしたようです。子が生まれると夫側の濃い親せきは「ねねみ」といって親元まで出産祝いと産後の見舞いに出かけます。名前が決まると初子の時は親せき・隣家を集めて「名付け」が行われます。当日は名前を大書して床柱に貼り、子は正装して仲人の夫人に抱かれて紹介されます。その後、食べ物に好き嫌いのないように膳部のご馳走全部を口にするまねごとをします。これを「食い初めの儀」といいます。
近年では、全てが派手になり、男子であれば鯉のぼり・武者人形、女子であれば、ひな壇など、お祝いの調度品が多く、親元は大きな負担です。

名付け(披露)

名付け(披露)の翌日、親元から貰った晴れ着を着せて、姑が、菩提寺へ「阿弥だのみ」(寺参り)に出かけます。阿弥陀さんに孫の出生を報告し、「後生だのみ」をして前途に難がないよう、お願いをします。
名付け(披露)が済む頃から子どもの成長は早いものです。初誕生日に子どもが歩き始めるのを最高の喜びとしました。しかし、誕生日より早く歩き始めると、親の生命をとるなどといって、誕生餅を背負わせて、わざと転ばせるという風習もありましたが、最近はあまり聞かなくなりました。

初誕生の正午、おもちゃの代わりに箕に、ふで・そろばん・おかねを並べて子どもが最初に何を取るかで、その子の将来を占うところがありました。
ふでを取った子は、文学の途へ進むとよい
そろばんを取った子は、商業の途へ進むとよい
おかねを取った子は、一生おかねに不自由しない といって、子どもの将来を楽しみました。

ゆさ

ここ北勢地方には、ゆりかごに似たもので「ゆさ」という子守具がありました。藁をかごのように編んで作ったもので、下に藁葛などを入れて、衣服が小便でぬれないよう工夫がしてあり、子を真ん中に座らせまわりを「ゆさごみ」というボロ衣類などで硬く詰めて隙間ができないようにしてありました。泣くときは、下に竹などを入れてゆさぶってあやしました。野良仕事など、忙しい時には、外に出ないように肩へタスキをかけてでかけました。昔は、どの家にもあったようです。